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不動産鑑定評価基準

 

総 論

第1章 不動産の鑑定評価に関する基本的考察

不動産の鑑定評価とはどのようなことであるか、それは何故に必要であるか、われわれの社会においてそれはどのような役割を果たすものであるか、そしてこの役割の具体的な担当者である不動産鑑定士及び不動産鑑定士補(以下「不動産鑑定士」という。)に対して要請されるものは何であるか、不動産鑑定士は、まず、これらについて十分に理解し、体得するところがなければならない。

 

第1節 不動産とその価格

不動産は、通常、土地とその定着物をいう。土地はその持つ有用性の故にすべての国民の生活と活動とに欠くことのできない基盤である。そして、この土地を我々人間が各般の目的のためにどのように利用しているかという土地と人間との関係は、不動産のあり方、すなわち、不動産がどのように構成され、どのように貢献しているかということに具体的に現れる。

この不動産のあり方は、自然的、社会的、経済的及び行政的な要因の相互作用によって決定されるとともに経済価値の本質を決定づけている。一方、この不動産のあり方は、その不動産の経済価値を具体的に表している価格を選択の主要な指標として決定されている。

不動産の価格は、一般に、

(1)その不動産に対してわれわれが認める効用

(2)その不動産の相対的稀少性

(3)その不動産に対する有効需要

三者の相関結合によって生ずる不動産の経済価値を、貨幣額をもって表示したものである。そして、この不動産の経済価値は、基本的にはこれら三者を動かす自然的、社会的、経済的及び行政的な要因の相互作用によって決定される。不動産の価格とこれらの要因との関係は、不動産の価格が、これらの要因の影響の下にあると同時に選択指標としてこれらの要因に影響を与えるという二面性を持つものである。

 

第2節 不動産とその価格の特徴

 

不動産が国民の生活と活動に組み込まれどのように貢献しているかは具体的な価格として現れるものであるが、土地は他の一般の諸財と異なって次のような特性を持っている。

(1)自然的特性として、地理的位置の固定性、不動性(非移動性)、永続性(不変性)、不増性、個別性(非同質性、非代替性)等を有し、固定的であって硬直的である。

(2)人文的特性として、用途の多様性(用途の競合、転換及び併存の可能性)、併合及び分割の可能性、社会的及び経済的位置の可変性等を有し、可変的であって伸縮的である。

不動産は、この土地の持つ諸特性に照応する特定の自然的条件及び人文的条件を与件として利用され、その社会的及び経済的な有用性を発揮するものである。そして、これらの諸条件の変化に伴って、その利用形態並びにその社会的及び経済的な有用性は変化する。

不動産は、また、その自然的条件及び人文的条件の全部又は一部を共通にすることによって、他の不動産とともにある地域を構成し、その地域の構成分子としてその地域との間に、依存、補完等の関係に及びその地域内の他の構成分子である不動産との間に協働、代替、競争等の関係にたち、これらの関係を通じてその社会的及び経済的な有用性を発揮するものである(不動産の地域性)。

このような地域には、その規模、構成の内容、機能等に従って各種のものが認められるが、そのいずれもが、不動産の集合という意味において、個別の不動産の場合と同様に、特定の自然的条件及び人文的条件との関係を前提とする利用のあり方の同一性を基準として理解されるものであって、他の地域と区別されるべき特性をそれぞれ有するとともに、他の地域との間に相互関係にたち、この相互関係を通じて、その社会的及び経済的位置を占めるものである(地域の特性)。

このような不動産の特徴により、不動産の価格についても、他の一般の諸財の価格と異なって、およそ次のような特徴を指摘することができる。

 

(1)不動産の経済価値は、一般に、交換の対価である価格として表示されるとともに、その用益の対価である賃料として表示される。そして、この価格と賃料との間には、いわゆる元本と果実との間に認められる相関関係を認めることができる。

 

(2)不動産の価格(又は賃料)は、その不動産に関する所有権、賃借権等の権利の対価又は経済的利益の対価であり、また、二つ以上の権利利益が同一の不動産の上に存する場合には、それぞれの権利利益について、その価格(又は賃料)が形成され得る。

 

(3)不動産の属する地域は固定的なものではなくて、常に拡大縮小、集中拡散、 発展衰退等の変化の過程にあるものであるから、不動産の利用形態が最適なものであるかどうか、仮に現在最適なものであっても、時の経過に伴ってこれを持続できるかどうか、これらは常に検討されなければならない。したがって、不動産の価格(又は賃料)は、通常、過去と将来とにわたる長期的な考慮の下に形成される。今日の価格(又は賃料)は、昨日の展開であり、明日を反映するものであって常に変化の過程にあるものである。

 

(4)不動産の現実の取引価格等は、取引等の必要に応じて個別的に形成されるのが通常であり、しかもそれは個別的な事情に左右されがちのものであって、このような取引価格等から不動産の適正な価格を見出すことは一般の人には非常に困難である。したがって、不動産の適正な価格については専門家としての不動産鑑定士の鑑定評価活動が必要となるものである。

 

第3節 不動産の鑑定評価

このように一般の諸財と異なる不動産についてその適正な価格を求めるためには、鑑定評価の活動に依存せざるを得ないこととなる。

不動産の鑑定評価は、その対象である不動産の経済価値を判定し、これを貨幣額をもって表示することである。それは、この社会における一連の価格秩序の中で、その不動産の価格及び賃料がどのような所に位するかを指摘することであって、

(1)鑑定評価の対象となる不動産の的確な認識の上に、

(2)必要とする関連資料を十分に収集して、これを整理し、

(3)不動産の価格を形成する要因及び不動産の価格に関する諸原則についての十分な理解のもとに、

(4)鑑定評価の手法を駆使して、その間に、

(5)既に収集し、整理されている関連諸資料を具体的に分析して、対象不動産に及ぼす自然的、社会的、経済的及び行政的な要因の影響を判断し、

(6)対象不動産の経済価値に関する最終判断に到達し、これを貨幣額をもって表示するものである。

この判断の当否は、これら各段階のそれぞれについての不動産鑑定士の能力の如何及びその能力の行使の誠実さの如何に係るものであり、また、必要な関連諸資料の収集整理の適否及びこれらの諸資料の分析解釈の練達の程度に依存するものである。したがって、鑑定評価は、高度な知識と豊富な経験及び的確な判断力を持ち、さらに、これらが有機的かつ総合的に発揮できる練達堪能な専門家によってなされるとき、初めて合理的であって、客観的に論証できるものとなるのである。

不動産の鑑定評価とは、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格を、不動産鑑定士が的確に把握する作業に代表されるように、練達堪能な専門家によって初めて可能な仕事であるから、このような意味において、不動産の鑑定評価とは、不動産の価格に関する専門家の判断であり、意見であるといってよいであろう。

それはまた、この社会における一連の価格秩序のなかで、対象不動産の価格の占める適正なあり所を指摘することであるから、その社会的公共的意義は極めて大きいといわなければならない。

第4節 不動産鑑定士の責務

土地は、土地基本法に定める土地についての基本理念に即して利用及び取引が行われるべきであり、特に投機的取引の対象とされてはならないものである。不動産鑑定士は、このような土地についての基本的な認識に立って不動産の鑑定評価を行わなければならない。

不動産鑑定士は、不動産の鑑定評価を担当する者として、十分に能力のある専門家としての地位を不動産の鑑定評価に関する法律によって認められ、付与されるものである。したがって、不動産鑑定士は、不動産の鑑定評価の社会的公共的意義を理解し、その責務を自覚し、的確かつ誠実な鑑定評価活動の実践をもって、社会一般の信頼と期待に報いなければならない。

そのためには、まず、不動産鑑定士は、同法に規定されているとおり、良心に従い、誠実に不動産の鑑定評価を行い、専門職業家としての社会的信用を傷つけるような行為をしてはならないとともに、正当な理由がなくて、その職務上取り扱ったことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならないことはいうまでもなく、さらに次に述べる事項を遵守して資質の向上に努めなければならない。

(1)高度な知識と豊富な経験と的確な判断力とが有機的に統一されて、初めて的確な鑑定評価が可能となるのであるから、不断の勉強と研鑚とによってこれを体得し、鑑定評価の進歩改善に努力すること。

(2)依頼者に対して鑑定評価の結果を分かり易く誠実に説明を行い得るようにするとともに、社会一般に対して、実践活動をもって、不動産の鑑定評価及びその制度に関する理解を深めることにより、不動産の鑑定評価に対する信頼を高めるよう努めること。

(3)不動産の鑑定評価に当たっては、自己又は関係人の利害の有無その他いかなる理由にかかわらず、公平妥当な態度を保持すること。

(4)不動産の鑑定評価に当たっては、専門職業家としての注意を払わなければならないこと。

(5)自己の能力の限度を超えていると思われる不動産の鑑定評価を引き受け、又は縁故若しくは特別の利害関係を有する場合等、公平な鑑定評価を害する恐れのあると

きは、原則として不動産の鑑定評価を引き受けてはならないこと。

 

第2章 不動産の種別及び類型

 

不動産の鑑定評価においては、不動産の地域性並びに有形的利用及び権利関係の態様に応じた分析を行う必要があり、その地域の特性等に基づく不動産の種類ごとに検討することが重要である。

不動産の種類とは、不動産の種別及び類型の二面から成る複合的な不動産の概念を示すものであり、この不動産の種別及び類型が不動産の経済価値を本質的に決定づけるものであるから、この両面の分析をまって初めて精度の高い不動産の鑑定評価が可能となるものである。

不動産の種別とは、不動産の用途に関して区分される不動産の分類をいい、不動産の類型とは、その有形的利用及び権利関係の態様に応じて区分される不動産の分類をいう。

 

第1節 不動産の種別

 

Ⅰ 地域の種別

 

地域の種別は、宅地地域、農地地域、林地地域等に分けられる。

宅地地域とは、居住、商業活動、工業生産活動等の用に供される建物、構築物等の敷地の用に供されることが、自然的、社会的、経済的及び行政的観点からみて合理的と判断される地域をいい、住宅地域、商業地域、工業地域等に細分される。さらに住宅地域、商業地域、工業地域等については、その規模、構成の内容、機能等に応じた細分化が考えられる。

農地地域とは、農業生産活動のうち耕作の用に供されることが、自然的、社会的、経済的及び行政的観点からみて合理的と判断される地域をいう。

林地地域とは、林業生産活動のうち木竹又は特用林産物の生育の用に供されることが、自然的、社会的、経済的及び行政的観点からみて合理的と判断される地域をいう。

なお、宅地地域、農地地域、林地地域等の相互間において、ある種別の地域から他の種別の地域へと転換しつつある地域及び宅地地域、農地地域等のうちにあって、細分されたある種別の地域から、その地域の他の細分された地域へと移行しつつある地域があることに留意すべきである。

 

Ⅱ 土地の種別

 

土地の種別は、地域の種別に応じて分類される土地の区分であり、宅地、農地、林地、見込地、移行地等に分けられ、さらに地域の種別の細分に応じて細分される。

宅地とは、宅地地域のうちにある土地をいい、住宅地、商業地、工業地等に細分される。この場合において、住宅地とは住宅地域のうちにある土地をいい、商業地とは商業地域のうちにある土地をいい、工業地とは工業地域のうちにある土地をいう。

農地とは、農地地域のうちにある土地をいう。

林地とは、林地地域のうちにある土地(立木竹を除く。)をいう。

見込地とは、宅地地域、農地地域、林地地域等の相互間において、ある種別の地域から他の種別の地域へと転換しつつある地域のうちにある土地をいい、宅地見込地、農地見込地等に分けられる。

移行地とは、宅地地域、農地地域等のうちにあって、細分されたある種別の地域から他の種別の地域へと移行しつつある地域のうちにある土地をいう。

 

第2節 不動産の類型

 

宅地並びに建物及びその敷地の類型を例示すれば、次のとおりである。

 

Ⅰ 宅地

 

宅地の類型は、その有形的利用及び権利関係の態様に応じて、更地、建付地、借地権、底地、区分地上権等に分けられる。

更地とは、建物等の定着物がなく、かつ、使用収益を制約する権利の付着していない宅地をいう。

建付地とは、建物等の用に供されている敷地で建物等及びその敷地が同一の所有者に属している宅地をいう。

借地権とは、借地借家法(廃止前の借地法を含む。)に基づく借地権(建物の所有を目的とする地上権又は土地の賃借権)をいう。

底地とは、宅地について借地権の付着している場合における当該宅地の所有権をいう。

区分地上権とは、工作物を所有するため、地下又は空間に上下の範囲を定めて設定された地上権をいう。

 

Ⅱ 建物及びその敷地

 

建物及びその敷地の類型は、その有形的利用及び権利関係の態様に応じて、自用の建物及びその敷地、貸家及びその敷地、借地権付建物、区分所有建物及びその敷地等に分けられる。

自用の建物及びその敷地とは、建物所有者とその敷地の所有者とが同一人であり、その所有者による使用収益を制約する権利の付着していない場合における当該建物及びその敷地をいう。

貸家及びその敷地とは、建物所有者とその敷地の所有者とが同一人であるが、建物が賃貸借に供されている場合における当該建物及びその敷地をいう。

借地権付建物とは、借地権を権原とする建物が存する場合における当該建物及び借地権をいう。

区分所有建物及びその敷地とは、建物の区分所有等に関する法律第2条第3項に規定する専有部分並びに当該専有部分に係る同条第4項に規定する共用部分の共有持分及び同条第6項に規定する敷地利用権をいう。

 

第3章 不動産の価格を形成する要因

 

不動産の価格を形成する要因(以下「価格形成要因」という。)とは、不動産の効用及び相対的稀少性並びに不動産に対する有効需要三者に影響を与える要因をいう。不動産の価格は、多数の要因の相互作用の結果として形成されるものであるが、要因それ自体も常に変動する傾向を持っている。したがって、不動産の鑑定評価を行うに当たっては、価格形成要因を市場参加者の観点から明確に把握し、かつ、その推移及び動向並びに諸要因間の相互関係を十分に分析して、前記三者に及ぼすその影響を判定することが必要である。

 

価格形成要因は、一般的要因、地域要因及び個別的要因に分けられる。 

 

第1節 一般的要因

 

一般的要因とは、一般経済社会における不動産のあり方及びその価格の水準に影響を与える要因をいう。それは、自然的要因、社会的要因、経済的要因及び行政的要因に大別される。

一般的要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

Ⅰ 自然的要因

1.地質、地盤等の状態

2.土壌及び土層の状態

3.地勢の状態

4.地理的位置関係

5.気象の状態

Ⅱ 社会的要因

1.人口の状態

2.家族構成及び世帯分離の状態

3.都市形成及び公共施設の整備の状態

4.教育及び社会福祉の状態

5.不動産の取引及び使用収益の慣行

6.建築様式等の状態

7.情報化の進展の状態

8.生活様式等の状態

Ⅲ 経済的要因

1.貯蓄、消費、投資及び国際収支の状態

2.財政及び金融の状態

3.物価、賃金、雇用及び企業活動の状態

4.税負担の状態

5.企業会計制度の状態

6.技術革新及び産業構造の状態

7.交通体系の状態

8.国際化の状態

Ⅳ 行政的要因

1.土地利用に関する計画及び規制の状態

2.土地及び建築物の構造、防災等に関する規制の状態

3.宅地及び住宅に関する施策の状態

4.不動産に関する税制の状態

5.不動産の取引に関する規制の状態

 

第2節 地域要因

 

地域要因とは、一般的要因の相関結合によって規模、構成の内容、機能等にわたる各地域の特性を形成し、その地域に属する不動産の価格の形成に全般的な影響を与える要因をいう。

Ⅰ 宅地地域

1.住宅地域

住宅地域の地域要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

(1)日照、温度、湿度、風向等の気象の状態

(2)街路の幅員、構造等の状態

(3)都心との距離及び交通施設の状態

(4)商業施設の配置の状態

(5)上下水道、ガス等の供給・処理施設の状態

(6)情報通信基盤の整備の状態

(7)公共施設、公益的施設等の配置の状態

(8)汚水処理場等の嫌悪施設等の有無

(9)洪水、地すべり等の災害の発生の危険性

(10)騒音、大気の汚染、土壌汚染等の公害の発生の程度

(11)各画地の面積、配置及び利用の状態

(12)住宅、生垣、街路修景等の街並みの状態

(13)眺望、景観等の自然的環境の良否

(14)土地利用に関する計画及び規制の状態

2.商業地域

前記1.に掲げる地域要因のほか、商業地域特有の地域要因の主なものを例示

すれば、次のとおりである。

(1)商業施設又は業務施設の種類、規模、集積度等の状態

(2)商業背後地及び顧客の質と量

(3)顧客及び従業員の交通手段の状態

(4)商品の搬入及び搬出の利便性

(5)街路の回遊性、アーケード等の状態

(6)営業の種別及び競争の状態

(7)当該地域の経営者の創意と資力

(8)繁華性の程度及び盛衰の動向

(9)駐車施設の整備の状態

(10)行政上の助成及び規制の程度

3.工業地域

前記1.に掲げる地域要因のほか、工業地域特有の地域要因の主なものを例示

すれば、次のとおりである。

(1)幹線道路、鉄道、港湾、空港等の輸送施設の整備の状況

(2)労働力確保の難易

(3)製品販売市場及び原材料仕入市場との位置関係

(4)動力資源及び用排水に関する費用

(5)関連産業との位置関係

(6)水質の汚濁、大気の汚染等の公害の発生の危険性

(7)行政上の助成及び規制の程度

Ⅱ 農地地域

農地地域の地域要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

1.日照、温度、湿度、風雨等の気象の状態

2.起伏、高低等の地勢の状態

3.土壌及び土層の状態

4.水利及び水質の状態

5.洪水、地すべり等の災害の発生の危険性

6.道路等の整備の状態

7.集落との位置関係

8.集荷地又は産地市場との位置関係

9.消費地との距離及び輸送施設の状態

10.行政上の助成及び規制の程度

Ⅲ 林地地域

林地地域の地域要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

1.日照、温度、湿度、風雨等の気象の状態

2.標高、地勢等の状態

3.土壌及び土層の状態

4.林道等の整備の状態

5.労働力確保の難易

6.行政上の助成及び規制の程度

なお、ある種別の地域から他の種別の地域へと転換し、又は移行しつつある地域については、転換し、又は移行すると見込まれる転換後又は移行後の種別の地域の地域要因をより重視すべきであるが、転換又は移行の程度の低い場合においては、転換前又は移行前の種別の地域の地域要因をより重視すべきである。

 

第3節 個別的要因

 

個別的要因とは、不動産に個別性を生じさせ、その価格を個別的に形成する要因をいう。個別的要因は、土地、建物等の区分に応じて次のように分けられる。

 

Ⅰ 土地に関する個別的要因

1.宅地

(1)住宅地

住宅地の個別的要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

① 地勢、地質、地盤等

② 日照、通風及び乾湿

③ 間口、奥行、地積、形状等

④ 高低、角地その他の接面街路との関係

⑤ 接面街路の幅員、構造等の状態

⑥ 接面街路の系統及び連続性

⑦ 交通施設との距離

⑧ 商業施設との接近の程度

⑨ 公共施設、公益的施設等との接近の程度

⑩ 汚水処理場等の嫌悪施設等との接近の程度

⑪ 隣接不動産等周囲の状態

上下水道、ガス等の供給・処理施設の有無及びその利用の難易

⑬ 情報通信基盤の利用の難易

埋蔵文化財及び地下埋設物の有無並びにその状態

⑮ 土壌汚染の有無及びその状態

⑯ 公法上及び私法上の規制、制約等

(2)商業地

商業地の個別的要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

① 地勢、地質、地盤等

② 間口、奥行、地積、形状等

③ 高低、角地その他の接面街路との関係

④ 接面街路の幅員、構造等の状態

⑤ 接面街路の系統及び連続性

⑥ 商業地域の中心への接近性

⑦ 主要交通機関との接近性

⑧ 顧客の流動の状態との適合性

⑨ 隣接不動産等周囲の状態

上下水道、ガス等の供給・処理施設の有無及びその利用の難易

⑪ 情報通信基盤の利用の難易

埋蔵文化財及び地下埋設物の有無並びにその状態

⑬ 土壌汚染の有無及びその状態

⑭ 公法上及び私法上の規制、制約等

(3)工業地

工業地の個別的要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

① 地勢、地質、地盤等

② 間口、奥行、地積、形状等

③ 高低、角地その他の接面街路との関係

④ 接面街路の幅員、構造等の状態

⑤ 接面街路の系統及び連続性

⑥ 従業員の通勤等のための主要交通機関との接近性

⑦ 幹線道路、鉄道、港湾、空港等の輸送施設との位置関係

⑧ 電力等の動力資源の状態及び引込の難易

⑨ 用排水等の供給・処理施設の整備の必要性

上下水道、ガス等の供給・処理施設の有無及びその利用の難易

⑪ 情報通信基盤の利用の難易

埋蔵文化財及び地下埋設物の有無並びにその状態

⑬ 土壌汚染の有無及びその状態

⑭ 公法上及び私法上の規制、制約等

2.農地

農地の個別的要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

(1)日照、乾湿、雨量等の状態

(2)土壌及び土層の状態

(3)農道の状態

(4)灌漑排水の状態

(5)耕うんの難易

(6)集落との接近の程度

(7)集荷地との接近の程度

(8)災害の危険性の程度

(9)公法上及び私法上の規制、制約等

3.林地

林地の個別的要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

(1)日照、乾湿、雨量等の状態

(2)標高、地勢等の状態

(3)土壌及び土層の状態

(4)木材の搬出、運搬等の難易

(5)管理の難易

(6)公法上及び私法上の規制、制約等

4.見込地及び移行地

見込地及び移行地については、転換し、又は移行すると見込まれる転換後又は移行後の種別の地域内の土地の個別的要因をより重視すべきであるが、転換又は移行の程度の低い場合においては、転換前又は移行前の種別の地域内の土地の個別的要因をより重視すべきである。

 

Ⅱ 建物に関する個別的要因

建物の各用途に共通する個別的要因の主なものを例示すれば、次のとおりである。

1.建築(新築、増改築等又は移転)の年次

2.面積、高さ、構造、材質等

3.設計、設備等の機能性

4.施工の質と量

5.耐震性、耐火性等建物の性能

6.維持管理の状態

7.有害な物質の使用の有無及びその状態

8.建物とその環境との適合の状態

9.公法上及び私法上の規制、制約等

なお、市場参加者が取引等に際して着目するであろう個別的要因が、建物の用途毎に異なることに留意する必要がある。

 

Ⅲ 建物及びその敷地に関する個別的要因

 

前記Ⅰ及びⅡに例示したもののほか、建物及びその敷地に関する個別的要因の主なものを例示すれば、敷地内における建物、駐車場、通路、庭等の配置、建物と敷地の規模の対応関係等建物等と敷地との適応の状態、修繕計画・管理計画の良否とその実施の状態がある。

さらに、賃貸用不動産に関する個別的要因には、賃貸経営管理の良否があり、その主なものを例示すれば、次のとおりである。

1.賃借人の状況及び賃貸借契約の内容

2.貸室の稼働状況

3.躯体・設備・内装等の資産区分及び修繕費用等の負担区分

 

第4章 不動産の価格に関する諸原則

 

不動産の価格は、不動産の効用及び相対的稀少性並びに不動産に対する有効需要に影響を与える諸要因の相互作用によって形成されるが、その形成の過程を考察するとき、そこに基本的な法則性を認めることができる。不動産の鑑定評価は、その不動産の価格の形成過程を追究し、分析することを本質とするものであるから、不動産の経済価値に関する適切な最終判断に到達するためには、鑑定評価に必要な指針としてこれらの法則性を認識し、かつ、これらを具体的に現した以下の諸原則を活用すべきである。

これらの原則は、一般の経済法則に基礎を置くものであるが、鑑定評価の立場からこれを認識し、表現したものである。

なお、これらの原則は、孤立しているものではなく、直接的又は間接的に相互に関連しているものであることに留意しなければならない。

 

Ⅰ 需要と供給の原則

 

一般に財の価格は、その財の需要と供給との相互関係によって定まるとともに、その価格は、また、その財の需要と供給とに影響を及ぼす。

不動産の価格もまたその需要と供給との相互関係によって定まるのであるが、不動産は他の財と異なる自然的特性及び人文的特性を有するために、その需要と供給及び価格の形成には、これらの特性の反映が認められる。

 

Ⅱ 変動の原則

 

一般に財の価格は、その価格を形成する要因の変化に伴って変動する。不動産の価格も多数の価格形成要因の相互因果関係の組合せの流れである変動の過程において形成されるものである。したがって、不動産の鑑定評価に当たっては、価格形成要因が常に変動の過程にあることを認識して、各要因間の相互因果関係を動的に把握すべきである。特に、不動産の最有効使用(Ⅳ参照)を判定するためには、この変動の過程を分析することが必要である。

 

Ⅲ 代替の原則

 

代替性を有する二以上の財が存在する場合には、これらの財の価格は、相互に影響を及ぼして定まる。

不動産の価格も代替可能な他の不動産又は財の価格と相互に関連して形成される。

 

Ⅳ 最有効使用の原則

 

不動産の価格は、その不動産の効用が最高度に発揮される可能性に最も富む使用(以下「最有効使用」という。)を前提として把握される価格を標準として形成される。この場合の最有効使用は、現実の社会経済情勢の下で客観的にみて、良識と通常の使用能力を持つ人による合理的かつ合法的な最高最善の使用方法に基づくものである。

なお、ある不動産についての現実の使用方法は、必ずしも最有効使用に基づいているものではなく、不合理な又は個人的な事情による使用方法のために、当該不動産が十分な効用を発揮していない場合があることに留意すべきである。

 

Ⅴ 均衡の原則

 

不動産の収益性又は快適性が最高度に発揮されるためには、その構成要素の組合せが均衡を得ていることが必要である。したがって、不動産の最有効使用を判定するためには、この均衡を得ているかどうかを分析することが必要である。

 

Ⅵ 収益逓増及び逓減の原則

 

ある単位投資額を継続的に増加させると、これに伴って総収益は増加する。しかし、増加させる単位投資額に対応する収益は、ある点までは増加するが、その後は減少する。

この原則は、不動産に対する追加投資の場合についても同様である。

 

Ⅶ 収益配分の原則

 

土地、資本、労働及び経営(組織)の各要素の結合によって生ずる総収益は、これらの各要素に配分される。したがって、このような総収益のうち、資本、労働及び経営(組織)に配分される部分以外の部分は、それぞれの配分が正しく行われる限り、土地に帰属するものである。

 

Ⅷ 寄与の原則

 

不動産のある部分がその不動産全体の収益獲得に寄与する度合いは、その不動産全体の価格に影響を及ぼす。

この原則は、不動産の最有効使用の判定に当たっての不動産の追加投資の適否の判定等に有用である。

 

Ⅸ 適合の原則

 

不動産の収益性又は快適性が最高度に発揮されるためには、当該不動産がその環境に適合していることが必要である。したがって、不動産の最有効使用を判定するためには、当該不動産が環境に適合しているかどうかを分析することが必要である。

 

Ⅹ 競争の原則

 

一般に、超過利潤は競争を惹起し、競争は超過利潤を減少させ、終局的にはこれを消滅させる傾向を持つ。不動産についても、その利用による超過利潤を求めて、不動産相互間及び他の財との間において競争関係が認められ、したがって、不動産の価格は、このような競争の過程において形成される。

 

ⅩⅠ 予測の原則

 

財の価格は、その財の将来の収益性等についての予測を反映して定まる。

不動産の価格も、価格形成要因の変動についての市場参加者による予測によって左右される。

 

第5章 鑑定評価の基本的事項

 

不動産の鑑定評価に当たっては、基本的事項として、対象不動産、価格時点及び価格又は賃料の種類を確定しなければならない。

 

第1節 対象不動産の確定

 

不動産の鑑定評価を行うに当たっては、まず、鑑定評価の対象となる土地又は建物等を物的に確定することのみならず、鑑定評価の対象となる所有権及び所有権以外の権利を確定する必要がある。

対象不動産の確定は、鑑定評価の対象を明確に他の不動産と区別し、特定することであり、それは不動産鑑定士が鑑定評価の依頼目的及び条件に照応する対象不動産と当該不動産の現実の利用状況とを照合して確認するという実践行為を経て最終的に確定されるべきものである。

 

Ⅰ 対象確定条件

 

1.対象不動産の確定に当たって必要となる鑑定評価の条件を対象確定条件という。

対象確定条件は、鑑定評価の対象とする不動産の所在、範囲等の物的事項及び所有権、賃借権等の対象不動産の権利の態様に関する事項を確定するために必要な条件であり、依頼目的に応じて次のような条件がある。

 

(1)不動産が土地のみの場合又は土地及び建物等の結合により構成されている場合において、その状態を所与として鑑定評価の対象とすること。

 

(2)不動産が土地及び建物等の結合により構成されている場合において、その土地のみを建物等が存しない独立のもの(更地)として鑑定評価の対象とすること(この場合の鑑定評価を独立鑑定評価という。)。

 

(3)不動産が土地及び建物等の結合により構成されている場合において、その状態を所与として、その不動産の構成部分を鑑定評価の対象とすること(この場合の鑑定評価を部分鑑定評価という。)。

 

(4)不動産の併合又は分割を前提として、併合後又は分割後の不動産を単独のものとして鑑定評価の対象とすること(この場合の鑑定評価を併合鑑定評価又は分割鑑定評価という。)。

 

(5)造成に関する工事が完了していない土地又は建築に係る工事(建物を新築するもののほか、増改築等を含む。)が完了していない建物について、当該工事の完了を前提として鑑定評価の対象とすること(この場合の鑑定評価を未竣工建物等鑑定評価という。)。

なお、上記に掲げるもののほか、対象不動産の権利の態様に関するものとして、価格時点と異なる権利関係を前提として鑑定評価の対象とすることがある。

 

2.対象確定条件を設定するに当たっては、対象不動産に係る諸事項についての調査及び確認を行った上で、依頼目的に照らして、鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないかどうかの観点から当該条件設定の妥当性を確認しなければならない。

なお、未竣工建物等鑑定評価を行う場合は、上記妥当性の検討に加え、価格時点において想定される竣工後の不動産に係る物的確認を行うために必要な設計図書等及び権利の態様の確認を行うための請負契約書等を収集しなければならず、さらに、当該未竣工建物等に係る法令上必要な許認可等が取得され、発注者の資金調達能力等の観点から工事完了の実現性が高いと判断されなければならない。

 

Ⅱ 地域要因又は個別的要因についての想定上の条件

 

対象不動産について、依頼目的に応じ対象不動産に係る価格形成要因のうち地域要因又は個別的要因について想定上の条件を設定する場合がある。この場合には、設定する想定上の条件が鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないかどうかの観点に加え、特に実現性及び合法性の観点から妥当なものでなければならない。

一般に、地域要因について想定上の条件を設定することが妥当と認められる場合は、計画及び諸規制の変更、改廃に権能を持つ公的機関の設定する事項に主として限られる。



Ⅲ 調査範囲等条件

 

不動産鑑定士の通常の調査の範囲では、対象不動産の価格への影響の程度を判断するための事実の確認が困難な特定の価格形成要因が存する場合、当該価格形成要因について調査の範囲に係る条件(以下「調査範囲等条件」という。)を設定することができる。ただし、調査範囲等条件を設定することができるのは、調査範囲等条件を設定しても鑑定評価書の利用者の利益を害するおそれがないと判断される場合に限る。

 

Ⅳ 鑑定評価が鑑定評価書の利用者の利益に重大な影響を及ぼす場合における条件設定の制限

 

証券化対象不動産(各論第3章第1節において規定するものをいう。)の鑑定評価及び会社法上の現物出資の目的となる不動産の鑑定評価等、鑑定評価が鑑定評価書の利用者の利益に重大な影響を及ぼす可能性がある場合には、原則として、鑑定評価の対象とする不動産の現実の利用状況と異なる対象確定条件、地域要因又は個別的要因についての想定上の条件及び調査範囲等条件の設定をしてはならない。ただし、証券化対象不動産の鑑定評価で、各論第3章第2節に定める要件を満たす場合には未竣工建物等鑑定評価を行うことができるものとする。

 

Ⅴ 条件設定に関する依頼者との合意等

 

1.条件設定をする場合、依頼者との間で当該条件設定に係る鑑定評価依頼契約上の合意がなくてはならない。

2.条件設定が妥当ではないと認められる場合には、依頼者に説明の上、妥当な条件に改定しなければならない。

 

第2節 価格時点の確定

 

価格形成要因は、時の経過により変動するものであるから、不動産の価格はその判定の基準となった日においてのみ妥当するものである。したがって、不動産の鑑定評価を行うに当たっては、不動産の価格の判定の基準日を確定する必要があり、この日を価格時点という。また、賃料の価格時点は、賃料の算定の期間の収益性を反映するものとしてその期間の期首となる。

価格時点は、鑑定評価を行った年月日を基準として現在の場合(現在時点)、過去の場合(過去時点)及び将来の場合(将来時点)に分けられる。



第3節 鑑定評価によって求める価格又は賃料の種類の確定

 

不動産鑑定士による不動産の鑑定評価は、不動産の適正な価格を求め、その適正な価格の形成に資するものでなければならない。

 

Ⅰ 価格

 

不動産の鑑定評価によって求める価格は、基本的には正常価格であるが、鑑定評価の依頼目的に対応した条件により限定価格、特定価格又は特殊価格を求める場合があるので、依頼目的に対応した条件を踏まえて価格の種類を適切に判断し、明確にすべきである。なお、評価目的に応じ、特定価格として求めなければならない場合があることに留意しなければならない。

 

1.正常価格

 

正常価格とは、市場性を有する不動産について、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場で形成されるであろう市場価値を表示する適正な価格をいう。この場合において、現実の社会経済情勢の下で合理的と考えられる条件を満たす市場とは、以下の条件を満たす市場をいう。

 

(1)市場参加者が自由意思に基づいて市場に参加し、参入、退出が自由であること。

 

なお、ここでいう市場参加者は、自己の利益を最大化するため次のような要件を満たすとともに、慎重かつ賢明に予測し、行動するものとする。

 

① 売り急ぎ、買い進み等をもたらす特別な動機のないこと。

 

② 対象不動産及び対象不動産が属する市場について取引を成立させるために必要となる通常の知識や情報を得ていること。

 

③ 取引を成立させるために通常必要と認められる労力、費用を費やしていること。

 

④ 対象不動産の最有効使用を前提とした価値判断を行うこと。

 

⑤ 買主が通常の資金調達能力を有していること。

 

(2)取引形態が、市場参加者が制約されたり、売り急ぎ、買い進み等を誘引したりするような特別なものではないこと。

 

(3)対象不動産が相当の期間市場に公開されていること。

 

2.限定価格

 

限定価格とは、市場性を有する不動産について、不動産と取得する他の不動産との併合又は不動産の一部を取得する際の分割等に基づき正常価格と同一の市場概念の下において形成されるであろう市場価値と乖離することにより、市場が相対的に限定される場合における取得部分の当該市場限定に基づく市場価値を適正に表示する価格をいう。

限定価格を求める場合を例示すれば、次のとおりである。

 

(1)借地権者が底地の併合を目的とする売買に関連する場合

 

(2)隣接不動産の併合を目的とする売買に関連する場合

 

(3)経済合理性に反する不動産の分割を前提とする売買に関連する場合



3.特定価格

 

特定価格とは、市場性を有する不動産について、法令等による社会的要請を背景とする鑑定評価目的の下で、正常価格の前提となる諸条件を満たさないことにより正常価格と同一の市場概念の下において形成されるであろう市場価値と乖離することとなる場合における不動産の経済価値を適正に表示する価格をいう。

特定価格を求める場合を例示すれば、次のとおりである。

 

(1)各論第3 章第1 節に規定する証券化対象不動産に係る鑑定評価目的の下で、投資家に示すための投資採算価値を表す価格を求める場合

 

(2)民事再生法に基づく鑑定評価目的の下で、早期売却を前提とした価格を求める場合

 

(3)会社更生法又は民事再生法に基づく鑑定評価目的の下で、事業の継続を前提とした価格を求める場合



4.特殊価格

特殊価格とは、文化財等の一般的に市場性を有しない不動産について、その利用現況等を前提とした不動産の経済価値を適正に表示する価格をいう。

特殊価格を求める場合を例示すれば、文化財の指定を受けた建造物、宗教建築物又は現況による管理を継続する公共公益施設の用に供されている不動産について、その保存等に主眼をおいた鑑定評価を行う場合である。



Ⅱ 賃料

 

不動産の鑑定評価によって求める賃料は、一般的には正常賃料又は継続賃料であるが、鑑定評価の依頼目的に対応した条件により限定賃料を求めることができる場合があるので、依頼目的に対応した条件を踏まえてこれを適切に判断し、明確にすべきである。

 

1.正常賃料

 

正常賃料とは、正常価格と同一の市場概念の下において新たな賃貸借等(賃借権若しくは地上権又は地役権に基づき、不動産を使用し、又は収益することをいう。)の契約において成立するであろう経済価値を表示する適正な賃料(新規賃料)をいう。

 

2.限定賃料

 

限定賃料とは、限定価格と同一の市場概念の下において新たな賃貸借等の契約において成立するであろう経済価値を適正に表示する賃料(新規賃料)をいう。

限定賃料を求めることができる場合を例示すれば、次のとおりである。

(1)隣接不動産の併合使用を前提とする賃貸借等に関連する場合

(2)経済合理性に反する不動産の分割使用を前提とする賃貸借等に関連する場合



3.継続賃料

 

継続賃料とは、不動産の賃貸借等の継続に係る特定の当事者間において成立するであろう経済価値を適正に表示する賃料をいう。



第6章 地域分析及び個別分析

 

対象不動産の地域分析及び個別分析を行うに当たっては、まず、それらの基礎となる一般的要因がどのような具体的な影響力を持っているかを的確に把握しておくことが必要である。



第1節 地域分析

 

Ⅰ 地域分析の意義

地域分析とは、その対象不動産がどのような地域に存するか、その地域はどのような特性を有するか、また、対象不動産に係る市場はどのような特性を有するか、及びそれらの特性はその地域内の不動産の利用形態と価格形成について全般的にどのような影響力を持っているかを分析し、判定することをいう。

 

Ⅱ 地域分析の適用

 

1.地域及びその特性

地域分析に当たって特に重要な地域は、用途的観点から区分される地域(以下「用途的地域」という。)、すなわち近隣地域及びその類似地域と、近隣地域及びこれと相関関係にある類似地域を含むより広域的な地域、すなわち同一需給圏である。

また、近隣地域の特性は、通常、その地域に属する不動産の一般的な標準的使用に具体的に現れるが、この標準的使用は、利用形態からみた地域相互間の相対的位置関係及び価格形成を明らかにする手掛りとなるとともに、その地域に属する不動産のそれぞれについての最有効使用を判定する有力な標準となるものである。

なお、不動産の属する地域は固定的なものではなく、地域の特性を形成する地域要因も常に変動するものであることから、地域分析に当たっては、対象不動産に係る市場の特性の把握の結果を踏まえて地域要因及び標準的使用の現状と将来の動向とをあわせて分析し、標準的使用を判定しなければならない。

 

(1)用途的地域

 

① 近隣地域

 

近隣地域とは、対象不動産の属する用途的地域であって、より大きな規模と内容とを持つ地域である都市あるいは農村等の内部にあって、居住、商業活動、工業生産活動等人の生活と活動とに関して、ある特定の用途に供されることを中心として地域的にまとまりを示している地域をいい、対象不動産の価格の形成に関して直接に影響を与えるような特性を持つものである。

近隣地域は、その地域の特性を形成する地域要因の推移、動向の如何によって、変化していくものである。

 

② 類似地域

 

類似地域とは、近隣地域の地域の特性と類似する特性を有する地域であり、その地域に属する不動産は、特定の用途に供されることを中心として地域的にまとまりを持つものである。この地域のまとまりは、近隣地域の特性との類似性を前提として判定されるものである。



(2)同一需給圏

 

同一需給圏とは、一般に対象不動産と代替関係が成立して、その価格の形成について相互に影響を及ぼすような関係にある他の不動産の存する圏域をいう。それは、近隣地域を含んでより広域的であり、近隣地域と相関関係にある類似地域等の存する範囲を規定するものである。

一般に、近隣地域と同一需給圏内に存する類似地域とは、隣接すると否とにかかわらず、その地域要因の類似性に基づいて、それぞれの地域の構成分子である不動産相互の間に代替、競争等の関係が成立し、その結果、両地域は相互に影響を及ぼすものである。

また、近隣地域の外かつ同一需給圏内の類似地域の外に存する不動産であっても、同一需給圏内に存し対象不動産とその用途、規模、品等等の類似性に基づいて、これら相互の間に代替、競争等の関係が成立する場合がある。

同一需給圏は、不動産の種類、性格及び規模に応じた需要者の選好性によってその地域的範囲を異にするものであるから、その種類、性格及び規模に応じて需要者の選好性を的確に把握した上で適切に判定する必要がある。

同一需給圏の判定に当たって特に留意すべき基本的な事項は、次のとおりである。

 

① 宅地

 

ア 住宅地

 

同一需給圏は、一般に都心への通勤可能な地域の範囲に一致する傾向がある。ただし、地縁的選好性により地域的範囲が狭められる傾向がある。なお、地域の名声、品位等による選好性の強さが同一需給圏の地域的範囲に特に影響を与える場合があることに留意すべきである。



イ 商業地

 

同一需給圏は、高度商業地については、一般に広域的な商業背後地を基礎に成り立つ商業収益に関して代替性の及ぶ地域の範囲に一致する傾向があり、したがって、その範囲は高度商業地の性格に応じて広域的に形成される傾向がある。

また、普通商業地については、一般に狭い商業背後地を基礎に成り立つ商業収益に関して代替性の及ぶ地域の範囲に一致する傾向がある。ただし、地縁的選好性により地域的範囲が狭められる傾向がある。



ウ 工業地

 

同一需給圏は、港湾、高速交通網等の利便性を指向する産業基盤指向型工業地等の大工場地については、一般に原材料、製品等の大規模な移動を可能にする高度の輸送機関に関して代替性を有する地域の範囲に一致する傾向があり、したがって、その地域的範囲は、全国的な規模となる傾向がある。

また、製品の消費地への距離、消費規模等の市場接近性を指向する消費地指向型工業地等の中小工場地については、一般に製品の生産及び販売に関する費用の経済性に関して代替性を有する地域の範囲に一致する傾向がある。

 

エ 移行地

 

同一需給圏は、一般に当該土地が移行すると見込まれる土地の種別の同一需給圏と一致する傾向がある。ただし、熟成度の低い場合には、移行前の土地の種別の同一需給圏と同一のものとなる傾向がある。

 

② 農地

 

同一需給圏は、一般に当該農地を中心とする通常の農業生産活動の可能な地域の範囲内に立地する農業経営主体を中心とするそれぞれの農業生産活動の可能な地域の範囲に一致する傾向がある。

 

③ 林地

 

同一需給圏は、一般に当該林地を中心とする通常の林業生産活動の可能な地域の範囲内に立地する林業経営主体を中心とするそれぞれの林業生産活動の可能な地域の範囲に一致する傾向がある。

 

④ 見込地

 

同一需給圏は、一般に当該土地が転換すると見込まれる土地の種別の同一需給圏と一致する傾向がある。ただし、熟成度の低い場合には、転換前の土地の種別の同一需給圏と同一のものとなる傾向がある。

 

⑤ 建物及びその敷地

 

同一需給圏は、一般に当該敷地の用途に応じた同一需給圏と一致する傾向があるが、当該建物及びその敷地一体としての用途、規模、品等等によっては代替関係にある不動産の存する範囲が異なるために当該敷地の用途に応じた同一需給圏の範囲と一致しない場合がある。



2.対象不動産に係る市場の特性

 

地域分析における対象不動産に係る市場の特性の把握に当たっては、同一需給圏における市場参加者がどのような属性を有しており、どのような観点から不動産の利用形態を選択し、価格形成要因についての判断を行っているかを的確に把握することが重要である。あわせて同一需給圏における市場の需給動向を的確に把握する必要がある。

また、把握した市場の特性については、近隣地域における標準的使用の判定に反映させるとともに鑑定評価の手法の適用、試算価格又は試算賃料の調整等における各種の判断においても反映すべきである。



第2節 個別分析

 

Ⅰ 個別分析の意義

 

不動産の価格は、その不動産の最有効使用を前提として把握される価格を標準として形成されるものであるから、不動産の鑑定評価に当たっては、対象不動産の最有効使用を判定する必要がある。個別分析とは、対象不動産の個別的要因が対象不動産の利用形態と価格形成についてどのような影響力を持っているかを分析してその最有効使用を判定することをいう。

 

Ⅱ 個別分析の適用

 

1.個別的要因の分析上の留意点

個別的要因は、対象不動産の市場価値を個別的に形成しているものであるため、個別的要因の分析においては、対象不動産に係る典型的な需要者がどのような個別的要因に着目して行動し、対象不動産と代替、競争等の関係にある不動産と比べた優劣及び競争力の程度をどのように評価しているかを的確に把握することが重要である。

また、個別的要因の分析結果は、鑑定評価の手法の適用、試算価格又は試算賃料の調整等における各種の判断においても反映すべきである。

 

2.最有効使用の判定上の留意点

不動産の最有効使用の判定に当たっては、次の事項に留意すべきである。

(1)良識と通常の使用能力を持つ人が採用するであろうと考えられる使用方法であること。

(2)使用収益が将来相当の期間にわたって持続し得る使用方法であること。

(3)効用を十分に発揮し得る時点が予測し得ない将来でないこと。

(4)個々の不動産の最有効使用は、一般に近隣地域の地域の特性の制約下にあるので、個別分析に当たっては、特に近隣地域に存する不動産の標準的使用との相互関係を明らかにし判定することが必要であるが、対象不動産の位置、規模、環境等によっては、標準的使用の用途と異なる用途の可能性が考えられるので、こうした場合には、それぞれの用途に対応した個別的要因の分析を行った上で最有効使用を判定すること。

(5)価格形成要因は常に変動の過程にあることを踏まえ、特に価格形成に影響を与える地域要因の変動が客観的に予測される場合には、当該変動に伴い対象不動産の使用方法が変化する可能性があることを勘案して最有効使用を判定すること。

特に、建物及びその敷地の最有効使用の判定に当たっては、次の事項に留意すべきである。

(6)現実の建物の用途等が更地としての最有効使用に一致していない場合には、更地としての最有効使用を実現するために要する費用等を勘案する必要があるため、建物及びその敷地と更地の最有効使用の内容が必ずしも一致するものではないこと。

(7)現実の建物の用途等を継続する場合の経済価値と建物の取壊しや用途変更等を行う場合のそれらに要する費用等を適切に勘案した経済価値を十分比較考量すること。